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今週のご挨拶

2月19日

【そこの戸、寒いんで閉めてもらっていいですか】


積もりに積もった雪も随分と融けて、ようやく歩くのに苦労しないほどになりました。
前回の島根の時もそうだったのですが、この度も広島方面の家祈祷が延期となってしまい、多くの方にご迷惑をお掛けしました。もうすぐお伺いしますのでよろしくお願い致します。

融けてしまえばなんてことのない雪ですが、積もっている間は、普段なら10秒で歩ける距離を1時間も2時間もかけて雪かきしなくてはいけません。
最近はお参りに来られる方に「雪はどうでしたか?」と尋ねると、皆さんそれぞれに大変な思いをされたようで、色々な苦労話が出てきます。
大変な思いをしましたが、同じ苦労をした者同士だからこそ思いを共有しあえるのだなぁ、と思ったりもします。


さて、雪も融けてきていますがまだまだ寒い日が続きます。
寒い日にはなるべく外に出ず、温かい部屋で過ごしたいものです。
ただ、こういうことが日常の中でありませんか?
例えば宅配や郵便の業者さんが、あるいは回覧を持ったご近所さんが家を訪ねた来た時、玄関先でちょっとした用事を済ませるだけなのですが、その用事が済むまでの間、ずっと玄関の扉を開けたままにされてせっかく暖かい部屋でぬくもっていた体が、外の冷気で一気に冷やされる。ということ、経験したことはありませんか?
あるいは家の中で、寒い廊下から部屋に入ってきた家族が、そのまま戸を開けっ放しにして寒い思いをした。もしくは自分がそれをしてしまい家族から「閉めて!」と怒られた。ということはありませんか?
ちなみに私はよく怒られています。「閉めて!」と。

こういうことって、外から来た人は案外わかっていないんですよね。
自分はずっと寒いところにいたから戸を開けたままでも部屋はじゅうぶんあたたかい。けれど部屋にいた人からすれば戸が開いている分だけ部屋が冷えていくので寒いと感じる。
同じ状況の部屋にいても温かいと感じる人もいれば寒いと感じる人もいるわけです。
ちょっと大げさな言い方に聞こえるかもしれませんが、例え家族であっても「自分が見ている世界と人が見ている世界は違う」という良い例になるのではないでしょうか。

子どものころよく「相手の気持ちになって考えなさい」と怒られたことがありますが、まさにこういう場合もそうですよね。
自分の目から見る世界は、寒いところから暖かいところに来た。だから戸を開けたままでも平気。なんだけれど、相手の気持ちになってみれば温かいところにいたのに戸を開けたままにされると寒い。ということになります。
だから相手の気持ちになって、外から入ってきたらちゃんと戸を閉めた方がいい。

仏教では「慈悲」という言葉がありますが、「慈」は相手を慈しむことで、「悲」は相手と一緒に悲しむこと、つまり相手の気持ちをわかってあげることを言います。
相手の気持ちを考えるからこそ、相手を慈しむ気持ちが生まれるのですね。

「慈悲の心を持ちなさい」と言われると、何だか仰々しくて、大変な修行を積まなければいけない気になりますが、まずは相手の気持ちになって、寒い日には外から入ってきたらちゃんと戸を閉める、といったようなことから始めて積み重ねていけば、やがてそういう気持ちが色々な所に活かされてくるのではないかな、と考えたりしています。
「ちゃんと閉めて!」と怒られることもなくなりますしね。


寒い日が続きます。窓も戸もちゃんと閉めてあたたかくしてお過ごしください。早く窓をあけて気持ちの良い風を入れれるくらい暖かくなるといいですね。


                               合掌



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